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再び世界を明るく照らす聖火

オリンピックの歴史

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4.再び世界を明るく照らす聖火

今回は、第二次世界大戦後から2000年のシドニー大会までのオリンピックについて、おもな出来事をふりかえってみましょう。

第14回 ロンドン大会(イギリス) <1948年7月29日〜8月14日>

(写真:フォート・キシモト)

実施競技種目数/19競技151種目
参加国地域・選手数/59の国と地域から4,064人

  • 第二次世界大戦の責任を問われ、日本とドイツは招待されなかった。
  • ベルリン大会で感動を呼んだ聖火リレーが踏襲された。こののち、1951年のIOC総会で聖火リレーは『オリンピック憲章』に正式に加えられた。
  • 判定機器がさらに進歩。写真判定器や跳躍距離測定器が登場した。

日本選手、幻の金メダル
当時、日本の競泳陣は日本大学在学中の古橋広之進、橋爪四郎らの強豪揃い。泳ぐたびに世界新記録を更新しているような状況でした。当時、日本水泳連盟会長やJOC総務主事などの役職にあった田畑政治は、なんとかロンドン大会への出場がかなうよう奔走したのですが、結局出場はなりませんでした。そこで田畑はやむを得ず、ロンドン大会と同時に全日本水上選手権大会を開催したのです。その大会の1500メートル自由形で、古橋が18分37秒0、橋爪が18分37秒8のそれぞれ世界新記録を樹立。ロンドン大会の金メダリスト・アメリカのジェームズ・マクレーンの記録は19分18秒5でした。

翌1949年8月、ロサンゼルスで開催された全米屋外選手権に古橋と橋爪が出場。22歳だった古橋は400メートル、800メートル、1500メートル自由形と800メートルリレーの4種目でいずれも世界新記録をマークして優勝しました。8月16日の1500メートル自由形では、予選A組に出場した橋爪が18分35秒7の世界新記録を出すと、直後のB組に出場した古橋は18分19秒0という脅威的な記録をマーク。計時員は自分の時計を疑うほど。世界に日本競泳陣の強さをアピールしたのです。

第5回 サンモリッツ冬季大会(スイス) <1948年1月30日〜2月8日>

実施競技種目数/5競技22種目
参加国・選手数/28の国と地域・669人

  • 1940年と1944年の冬季大会が、世界大戦の影響で中止となる。
  • スイスのサンモリッツが20年ぶりに二度目の冬季大会開催地となる。
  • 開催に先駆けて、スキー選手のアマチュア性が問題となり、スキー抜きの冬季大会も検討された。
第15回 ヘルシンキ大会(フィンランド) <1952年7月19日〜8月3日>


実施競技種目数/18競技149種目
参加国・選手数/69の国と地域・5,429人

  • ソビエトが初参加。大量の選手団を送り込み、参加選手数が前回大会より871人も増えた。
  • 日本が16年ぶりにオリンピックに参加する。レスリングのフリースタイル・バンタム級で石井庄八が唯一の金メダルを獲得。
  • 33回も世界記録を更新して期待された水泳の古橋廣之進は400メートル自由形決勝で無念の8位。
第6回 オスロ冬季大会(ノルウェー) <1952年2月14日〜25日>

実施競技種目数/4競技22種目
参加国・選手数/30の国と地域・694人

  • 冬季大会で初めての聖火リレーが行われる。
  • アルペン競技に大回転が登場する。
  • 第二次世界大戦後初となるこの大会に、日本は18人の選手団を送り込む。
  • 天才少年として期待された高校3年生の猪谷千春(写真左)が、スキーアルペン男子回転で11位となる。
第16回 メルボルン大会(オーストラリア)<1956年11月22日〜12月8日>
※馬術競技のみストックホルム(スウェーデン)で6月10日〜17日に開催

(メルボルン)
実施競技種目数/17競技145種目
参加国・選手数/67の国と地域・3,178人

(ストックホルム)
実施競技種目数/1競技6種目
参加国・選手数/29の国と地域・159人

  • 初めて南半球でオリンピックが開催される。
  • オーストラリアの検疫に関する法律などにより、馬術競技のみストックホルムでの単独開催が特例として実施された。
  • ハンガリー動乱などの影響で参加国、選手数が減少する。
  • 水泳・競泳の古川勝(写真)など、日本が4個の金メダルを獲得。
第7回 コルチナ・ダンペッツォ冬季大会(イタリア) <1956年1月26日〜2月5日>

実施競技種目数/4競技24種目
参加国・選手数/32の国と地域・820人

  • オーストリアのトニー・ザイラー(写真)が、スキー・アルペン種目で初の三冠王となる。
  • 日本の猪谷千春が、スキー回転競技で銀メダル。冬季大会で日本初のメダルを獲得する。

第17回 ローマ大会(イタリア) <1960年8月25日〜9月11日>

実施競技種目数/18競技150種目
参加国・選手数/83の国と地域・5,315人

  • マラソンで、まだ無名だったエチオピアのアベベ・ビキラ(写真)がはだしのまま石畳のコースを走り抜き優勝を飾る。
  • 日本は16競技に219人(選手167人、役員52人)の大選手団を送る。
  • 男子体操で日本チームが団体総合の金メダルを獲得。
  • 日本は金メダル4個、銀メダル7個、銅メダル7個を獲得。次の東京大会へ向けて、選手強化面で課題を残す。
第8回 スコーバレー冬季大会(アメリカ)<1960年2月18日〜28日>

実施競技種目数/4競技27種目
参加国・選手数/30の国と地域・665人

  • コース建設費用がかさむボブスレーのかわりに、バイアスロンが正式競技として初登場する。
  • 日本は選手41人、役員11人の選手団を派遣するが、成績はふるわなかった。


第18回 東京大会 <1964年10月10日〜24日>


実施競技種目数/20競技163種目
参加国・選手数/93の国と地域・5,152人

  • 柔道とバレーボールが正式種目に加わった。
  • 最終聖火ランナーをつとめたのは、広島に原爆が投下された昭和20年8月6日に広島市近郊で生まれた早稲田大学の坂井義則だった。
  • ウエイトリフティングの三宅義信が、10月12日、日本の金メダル第一号となる。
  • レスリングで日本勢が金メダル5個を獲得する大活躍。
  • 遠藤幸雄を中心に、男子体操陣も金メダル5個を獲得。
  • マラソンの円谷幸吉が銅メダルを獲得。エチオピアのアベベがオリンピック2連覇を達成した。
  • 4階級が行われた柔道で、日本は3階級を制覇。しかし無差別級ではオランダのアントン・ヘーシンクが優勝し、日本の4階級制覇を阻む。
  • バレーボール女子の決勝戦、「東洋の魔女」と呼ばれた日本がソビエトをセットカウント3対0で下し金メダルを獲得。
  • 日本の金メダル獲得数は16で、アメリカ、ソビエトについで3位となる。
  • 10月23日夜、女子バレーボール決勝戦のTV視聴率は85%にも達したといわれる。
第9回 インスブルック冬季大会(オーストリア) <1964年1月29日〜2月9日>

実施競技種目数/6競技34種目
参加国・選手数/36の国と地域・1,091人

  • 暖冬で競技運営がやや混乱する。
  • ボブスレーが復活、リュージュが新登場するなど、競技・種目数が大きく増える。
  • 日本は4競技に選手48人、役員13人の選手団を派遣。
  • スキーでは90メートル級純ジャンプの笠谷幸生の11位が最高成績。入賞は、スケート女子で5位に2人、6位に1人だけにとどまる。
  • 女子スピードスケート3000メートルで6位に入賞した長久保初枝は、実はこのとき妊娠していたというエピソードが残っている。
第19回 メキシコシティー大会(メキシコ) <1968年10月12日〜27日>

実施競技種目数/18競技112種目
参加国・選手数/113の国と地域・5,498人

  • 海抜2240メートルという高地でのオリンピック開催となる。選手の健康が心配されたが、陸上短距離や跳躍の競技で好記録が連発。
  • 人種差別問題で、南アフリカの参加が取り消しとなる。
  • 最終聖火ランナーに史上初めて女性を起用。ランナーは20歳のエンリケッタ・バリシオだった。
  • サッカーで、日本チームが銅メダルを獲得の大健闘。釜本邦茂は6試合で7ゴールを決め得点王となる。
  • ウエイトリフティングの三宅義信がオリンピック2連覇。弟の義行も銅メダルとなり、兄弟で表彰台に立つ。
  • 日本の金メダル獲得数は11個。東京に続き、アメリカ、ソビエトに次ぐ3位となる。
第10回 グルノーブル冬季大会(フランス) <1968年2月6日〜18日>

実施競技種目数/6競技35種目
参加国・選手数/37の国と地域・1,158人

  • フランスのクロード・キリー(写真)がスキーのアルペン種目で史上2人目の三冠王となる。
  • 日本は6位入賞者さえなく、次回の札幌大会に向けて大きな不安を残す。


第20回 ミュンヘン大会(西ドイツ) <1972年8月26日〜9月11日>

実施競技種目数/21競技195種目
参加国・選手数/121の国と地域・7,121人

  • 水泳・競泳男子でアメリカのマーク・スピッツ(写真)が、出場した7種目すべてに世界新記録を出して金メダルを獲得するという快挙を成し遂げた。
  • 日本競泳陣では、男子100メートル平泳ぎで田口信教が、女子100メートルバタフライで青木まゆみが金メダルを獲得。
  • 男子体操が団体総合4連勝、個人総合3連勝を果たす。個人種目別などもあわせ、金5、銀5、銅6個のメダルを獲得する独壇場。
  • メキシコでは行われなかった柔道が復活。大活躍が期待されたが、6階級中、金メダルは3個と、予想外の成績に終わる。
  • 男子バレーボールで日本が金メダルを獲得。
第11回 札幌冬季大会 <1972年2月3日〜13日>

実施競技種目数/6競技35種目
参加国・選手数/35の国と地域・1,006人

  • 70メートル級ジャンプで、笠谷幸生が金メダル、金野昭次が銀メダル、青地清二が銅メダル。日本が金銀銅を独占する。
  • 女子フィギュアスケートに出場したアメリカのジャネット・リン(写真)が日本中で大人気となる。
  • 日本は地元とあって大選手団を送り込むが、メダル獲得はジャンプの3個だけにとどまる。
第21回 モントリオール大会(カナダ) <1976年7月17日〜8月1日>

実施競技種目数/21競技198種目
参加国・選手数/92の国と地域・6,043人

  • 人種差別問題など、国際的な政治問題の続発で参加国が激減する。116の国と地域がエントリーしたものの、最終的には92の国と地域の参加にとどまった。
  • 日本が体操男子団体総合で5連覇を果たす。
  • 体操女子でルーマニアのナディア・コマネチ(写真)が10点満点を連発。日本でも大人気となった。
  • 水泳・女子競泳では、東ドイツのコルネリア・エンダーが金メダル4個、銀メダル1個を獲得する大活躍で話題となる。
  • 女子バレーボールで、日本が金メダルを奪回。
  • 日本の金メダル獲得数は9個。ソビエト、東ドイツ、アメリカ、西ドイツに次ぐ5位。
第12回 インスブルック冬季大会(オーストリア) <1976年2月4日〜15日>

実施競技種目数/6競技37種目
参加国・選手数/37の国と地域・1,123人

  • 日本は6位内入賞者がゼロに終わる。期待されたジャンプの笠谷も70メートル級で16位、90メートル級で17位と不本意な成績。
  • スキー・アルペン男子滑降で、地元オーストリアのフランツ・クラマー(写真)が圧倒的な強さで優勝
  • スキー・アルペン女子では、西ドイツのロジャー・ミッターマイヤーが滑降と回転の2種目で優勝、大回転でも銀メダルを獲得して話題。
第22回 モスクワ大会(ソビエト) <1980年7月19日〜8月3日>

実施競技種目数/21競技203種目
参加国・選手数/80の国と地域・5,283人

  • 79年12月、ソビエト軍のアフガン侵攻に対する制裁措置として、アメリカのカーター大統領がモスクワオリンピックのボイコットを表明。
  • 日本は多くの選手、コーチが参加を訴えるなか、5月24日に開かれたJOC臨時総会において不参加を決定。
  • 西側諸国が不参加の中、全204種目中でソビエトが80個、東ドイツが47個という大量の金メダルを獲得する。

第13回 レークプラシッド冬季大会(アメリカ) <1980年2月13日〜24日>

実施競技種目数/6競技38種目
参加国・選手数/37の国と地域・1,072人

  • この地で1932年以来2度目の冬季大会開催となる。
  • 男子のスキーで、スウェーデンのインゲマル・ステンマルクが回転と大回転の2種目を制覇。天才ぶりを実証する。
  • 70メートル級ジャンプで八木弘和が銀メダルを獲得。日本ジャンプ陣の名誉を回復する。
  • 女子フィギュアスケートで、渡部絵美が6位に入賞。
第23回 ロサンゼルス大会(アメリカ) <1984年7月28日〜8月12日>

実施競技種目数/21競技221種目
参加国・選手数/140の国と地域・6,802人

  • 聖火ランナーからも参加費を集めるなど、増大する運営経費と商業主義が話題になる。
  • モスクワ大会の報復として、ソビエトや東欧諸国など16の国と地域が参加をボイコット。
  • アメリカのカール・ルイスが陸上で4冠王となる。
  • 体操男子で、具志堅幸司が個人総合優勝。森末慎二が鉄棒で10点満点を出して優勝。
  • 柔道・無差別級で、山下泰裕が2回戦で負った右足のケガをおして優勝を遂げる。
  • アメリカが221種目中83個の金メダルを獲得。東側諸国不参加によって起こった異常事態ではある。
  • 日本は10個の金メダルを獲得した。
第14回 サラエボ冬季大会(ユーゴスラビア) <1984年2月8日〜19日>

実施競技種目数/6競技39種目
参加国・選手数/49の国と地域・1,274人

  • スキー・ジャンプで東ドイツのイエンス・バイスフロクと、フィンランドのマッチ・ニッカネン(写真)が激しい優勝争いを演じる。
  • スピードスケートで男子の黒岩彰が期待されるが不振。かわって伏兵の北沢欣浩が500メートルで銀メダルを獲得する大健闘。
第24回 ソウル大会(韓国) <1988年9月17日〜10月2日>

実施競技種目数/23競技237種目
参加国・選手数/159の国と地域・8,473人

  • 陸上男子100メートルでカナダのベン・ジョンソンが9秒79の驚異的な世界記録で優勝する。しかしそれから2日後、ジョンソンのドーピングが発覚し、金メダル剥奪、記録抹消という事態に(写真)。
  • アメリカのフローレンス・ジョイナーが陸上競技女子100メートル、200メートル、400メートルリレーで優勝。
  • 水泳・競泳の男子100メートル背泳ぎで、鈴木大地が優勝。
  • 柔道の金メダルは、95キロ超級の斉藤仁だけに終わる。
  • 日本の金メダル獲得数は4個。
第15回 カルガリー冬季大会(カナダ) <1988年2月13日〜28日>

実施競技種目数/6競技46種目
参加国・選手数/57の国と地域・1,423人

  • スピードスケート男子500メートルで黒岩彰が銅メダルを獲得。
  • 女子のスピードスケートで橋本聖子が5種目すべてに日本新記録で入賞する快挙を達成した。
  • 日本選手のメダルは銅1個に終わるも、5位が4、6位が2、7位1、8位1など、近年の国際冬季大会としては最高の成績をおさめた。
第25回 バルセロナ大会(スペイン) <1992年7月25日〜8月9日>

(写真:AP/アフロ)

実施競技種目数/25競技257種目
参加国・選手数/169の国と地域・9,368人

  • 東西冷戦の終結もあり、史上最大規模の平和の祭典に。
  • 14歳の岩崎恭子(写真)が女子水泳200メートル平泳ぎで金メダルを獲得。「今まで生きてきた中で一番シアワセ」の名言を残す。
  • 30度を越える猛暑の中、女子マラソンで有森裕子が銀メダルを獲得。
  • 男子マラソンでは、谷口浩美が23キロの給水地点で転倒。8位でゴールし「こけちゃいました」の名台詞を残す。
  • 柔道男子で、78キロ以下級の吉田秀彦、71キロ以下級の古賀稔彦が相次いで金メダルを獲得。
第16回 アルベールビル冬季大会(フランス) <1992年2月8日〜23日>

(写真:フォート・キシモト)

実施競技種目数/6競技57種目
参加国・選手数/64の国と地域・1,801人

  • 女子フィギュアスケートで伊藤みどり(写真)が銀メダルを獲得。
  • 橋本聖子がスピードスケート1500メートルで悲願の銅メダルを獲得。
  • スピードスケート男子500メートルで、黒岩敏幸が2位、井上純一が3位となってメダルを獲得。
  • スキー・ノルディック複合団体で、日本が金メダル。ゴール前、最終走者・荻原健司が日の丸を振りながら笑顔で力走する姿が話題に。
  • 日本は、これまでの冬季大会13回の出場して得たメダル7個と同数を、この大会だけで獲得する快挙。金1、銀2、銅4。
第17回 リレハンメル冬季大会(ノルウェー) <1994年2月12日〜27日>

(写真:フォート・キシモト)

実施競技種目数/6競技61種目
参加国・選手数/67の国と地域・1,739人

  • この大会から、夏の大会の2年後の冬開催となるよう、開催サイクルが改められた 。
  • スピードスケート男子500メートルで堀井学が銅メダルを獲得。
  • 女子スピードスケート5000メートルで山本宏美が銅メダルを獲得。
  • スキー・ノルディック複合個人で河野孝典が銀メダルを獲得。
  • スキー・ノルディック複合団体では日本がオリンピック2連覇を達成。2位ノルウェーに5分近い大差をつけてのゴールだった(写真)。
  • ジャンプラージヒル団体で金メダルの期待を背負った日本のエース原田雅彦が痛恨の失敗ジャンプ。銀メダルを獲得。
  • 日本の獲得したメダルは金1、銀2、銅2。
第26回 アトランタ大会(アメリカ) <1996年7月19日〜8月4日>

(写真:青木紘二/アフロスポーツ)

実施競技種目数/26競技271種目
参加国・選手数/197の国と地域・10,318人

  • 女子マラソンの有森裕子(写真)が銅メダルを獲得。「自分で自分をほめてあげたい」のひと言が流行語となる。
  • 自転車の1000メートルタイムトライアルに出場した競輪選手の十文字貴信が銅メダルを獲得。
  • 女子柔道48kg級の田村亮子。北朝鮮のケー・スンヒに決勝で惜敗し銀メダル。
  • 柔道では、女子の恵本裕子、男子の中村兼三、野村忠宏が金メダルを獲得。
  • サッカー予選リーグ。日本が強豪のブラジルを破る大金星。
  • 野球の日本チーム。期待に応え銀メダルを獲得。
  • アメリカのカール・ルイスが陸上の走り幅跳びで奇跡的な金メダル。オリンピック4連覇の偉業を達成した。
第18回 長野冬季大会 <1998年2月7日〜22日>

(写真:ロイター/アフロ)

実施競技種目数/7競技68種目
参加国・選手数/72の国と地域・2,176人

  • 1972年札幌冬季大会以来26年ぶり、2度目の日本開催となった冬季大会。開会式では大相撲の土俵入りなどが披露され、聖火の点火者は1992年アルベールビル冬季大会、女子フィギュアスケート銀メダリストの伊藤みどりさんが務めた。
  • 日本は金5個、銀1個、銅4個、計10個のメダルを獲得し、国別メダル数ランキングで7位に入った。
  • スキー・ジャンプで日本は団体で金(写真)、個人でも船木和喜がラージヒルで金、ノーマルヒルで銀、原田雅彦もラージヒルで銅メダルを獲得した。
  • スピードスケート男子の清水宏保が500mで金メダル、1000mでも銅メダルを獲得、女子では岡崎朋美が500mで銅メダルを獲得した。
  • スキー・フリースタイルの女子モーグルで里谷多英、スケート・ショートトラック男子500mでは西谷岳文がそれぞれ金メダルを獲得。
第27回 シドニー大会(オーストラリア) <2000年9月15日〜10月1日>

(写真:フォート・キシモト)

実施競技種目数/28競技300種目
参加国・選手数/199の国と地域・10,651人

  • 1956年メルボルン大会以来、44年ぶり2度目となるオーストラリア、南半球でのオリンピック開催。
  • 日本は金5個、銀8個、銅5個、合計18個のメダルを獲得した。
  • 女子マラソンで高橋尚子(写真)が日本陸上界64年ぶり、女子としては史上初の金メダルを獲得。大会後には国民栄誉賞が授与された。
  • サッカー男子は1968年メキシコシティ大会以来32年ぶりの決勝トーナメント進出。
  • 柔道では過去2大会続けて銀メダルだった女子48kg級の田村亮子が3度目の挑戦で初の金メダル。男子60kg級の野村忠宏は2連覇、同81kg級の瀧本誠、100kg級の井上康生も金メダルを獲得した。
  • この大会はプロ・アマ合同チームとして参加した野球は3位決定戦で韓国に敗れ、5大会連続メダルならず。
  • 女子の活躍が目立ち、競泳では全4個(銀2、銅2)のメダルを女子が獲得。そのほかシンクロの銀2個、ソフトボールの銀など、日本のメダル総数18個のうち、13個を占めた。

※第17回リレハンメル冬季大会までは『近代オリンピック100年の歩み』(監修/財団法人日本オリンピック委員会 発行/ベースボールマガジン社)より抜粋し、加筆、修正。

1.オリンピックの誕生
2.近代オリンピックの始まり
3.激動の時代を迎えたオリンピック
4.再び世界を明るく照らす聖火
5.新世紀も輝く栄光の舞台

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