コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ 水泳・競泳 松田丈志

フェルプスとの差をどれくらい詰められるか楽しみ

文:折山淑美

メダルを獲るには、
200mバタフライしかなかった

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北京オリンピックでのレースを振りかえる。
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悔しさだけが残ったアテネオリンピック。
写真提供:アフロスポーツ

北京オリンピック男子200mバタフライ。8月13日の決勝前夜、松田丈志は自分のメダル獲得を確信していた。

この日の準決勝は、2008年6月のジャパンオープンで出した日本記録(1分54秒42)を更新する1分54秒02で泳いでいた。世界記録保持者の怪物、マイケル・フェルプス(アメリカ)は1分53秒70のトップタイムを出したが、世界ランキング2位の1分53秒86を持っているジル・ストーバル(アメリカ)は、9位に止まって決勝進出を逃していた。準決勝2位の松田を追うのは1分54秒3台で泳いでいたニコライ・スクウォルツォフ(ロシア)と、ラースロ・チェー(ハンガリー)のふたりだった。

「予選が終わってから準決勝までは、疲れを取ることに必死だったんですね。大会前から水着を上半身まで覆うのにするか、下半身だけのスパッツ型にするか迷っていたんです。最初の400m自由形は上半身までの水着を着て、決勝には出られなかったけど自己ベストを大幅に更新した(3分44秒99/日本新記録)から、バタフライの予選でもそれを試して。そうしたら、前半の100mはすごく良かったけど後半にガタッと疲れがきて、背中のダメージがすごく大きかったんです。普段ならいろいろ話しながらやってくれるトレーナーが、触った途端に『アレッ?』って感じで黙っちゃうくらいでしたから」

スパッツ型にすると決めて泳いだ準決勝のあとは、体も前夜に比べて格段に楽になっていた。「あの状態で1分54秒02なら、明日の決勝では確実に1分53秒台を出せる」と思った。そうなればメダルは確実だと。

「もう、メダルは何色になるかなと考えていましたね。オリンピックへ行く前に『メダルを獲ったら泣くのかな?』というのを考えていたんです。でもいざとなったら、『明日はメダルを獲れる』と思っただけで泣きそうになってしまったんです(笑)」


200mバタフライ準決勝。メダルを確信した松田選手。 写真提供:アフロスポーツ

決勝ではもっと記録を上げられる、と思うだけで不安はなかった。早く泳ぎたくてワクワクするほどだった。

オリンピックのメダル、それは松田にとって4年越しの目標だった。初出場だったアテネオリンピックでも、彼はメダルを意識していた。大会前の男子200mバタフライの世界ランキングは日本記録保持者・山本貴司を抑えての3位。自己ベストを出せばメダルに届くかもしれないと、淡い期待を持っていた。

だがオリンピックという舞台は甘くなかった。誰もが本番ではシーズンベストを叩き出していく。松田は知らないうちに初めての大舞台に力み、余計なエネルギーを消費していた。本来の専門種目であった400m自由形こそ8位入賞を果たしたが、バタフライでは自己ベストも出せず、決勝進出を逃した。一方、山本はベテランらしい調整力を見せ、1分54秒56のアジア新記録で前年の世界選手権バルセロナ大会に続く、銀メダルを獲得した。

「アテネオリンピックは悔しさだけが残りましたね。オリンピックというところは、メダルを獲らなければ本当に面白くないなって。だから北京オリンピックはバタフライで、と思ったんです。メダルを獲るには200mバタフライしかないなって」

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