コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ アテネからの私の4年間は、北京でいい結果を出して笑顔で終わるためだけにある

文:折山淑美


ゼロからのスタート、試されたシーズン

シンクロナイズドスイミングチームにとっては長いシーズンだった。昨年(2006年)5月のジャパンオープンから始まり、9月にワールドカップ、12月に第15回アジア競技大会(2006/ドーハ)。そして3月には世界選手権があり、5月に再びジャパンオープン。休みなく泳ぎまくった1年間だった。

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2007年3月、世界選手権(メルボルン)でのソロ・フリー決勝の演技
(写真提供:アフロスポーツ)


「新チームになった2005年は私たちの力がどのくらいなのかわからないし、ゼロからスタートしてこのメンバーでどこまでやっていけるかが試されたシーズンだったと思うんです。でも去年のワールドカップと今年の世界選手権は、日本が次のオリンピックでどこまで戦えるかを値踏みされてる大会だったんですね。その中でメダルに手が届いたというのは、戦えるということを確認できたということだし、まだ上を狙うチャンスもあるということを意識することができたと思います」

こう話す原田早穂は、シンクロワールドカップ2006ではデュエット3位、チームとフリーコンビネーションが2位。アジア競技大会ではデュエット、チームともに2位。世界選手権(2007年)ではソロ・テクニカルルーティンとデュエット・テクニカルルーティン、チーム・フリールーティンが3位、フリーコンビネーション2位。チームの主力選手として、3つの国際大会で9個のメダルを手にするという成績を残した。

そんな忙しかったシーズン、原田にとって最大の出来事は世界選手権のソロに抜擢されたことだった。2001年にナショナルチームに入った時はもちろんチームの一員だった。2005年に新しい体制になってからは、デュエットもやるようになったが、ソリストは1歳年上の鈴木絵美子が務めていた。だが、昨年秋の選考会のソロ優勝で、関係者から「一度ソロをやらせてみたら面白いのではないか」という声が上がったからだ。

「金子正子先生からは『世界の舞台でソロをできる選手なんて、日本の歴代で何人もいるわけじゃないんだから。幸運なことだと思って頑張りなさい』と言われたんです。でも私にとっては幸運なことでも何でもなかったんですよ(笑)。何で私をあんな大変なことに挑戦させるんだろう、という気持ちの方が強かったですね」

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