コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

アスリートメッセージ

初めてオリンピックに出場したのは17歳の時だった。第18回オリンピック冬季競技大会(1998/長野)の舞台を踏んで以来、トップアスリートとして、より高度な技術に挑戦を続ける上村愛子選手。第19回オリンピック冬季競技大会(2002/ソルトレークシティー)に続き、第20回オリンピック冬季競技大会(2006/トリノ)で3度目のオリンピックに挑戦する。

上村選手とスキーの出会いは3歳の時。小学校の頃にはアルペンスキーを始め、中学2年生でモーグルに転向した。最初にモーグルを見たときの印象を上村選手は、次のように語る。
「カナダに旅行したとき初めてモーグルを見たのですが、“こういう競技もあるのか”と関心を持ちました。それまでコブを滑るものだと思ったことはありませんでしたから、“あんな風にコブを滑るんだ、楽しそう”と新鮮に感じました」
高校1年生でナショナルチームに参加し、その後の活躍は周知の通りだ。

2001年の世界選手権モーグルで3位、2005年の世界選手権デュアルモーグルで3位、ワールドカップでも幾度も表彰台に立ち、すっかり日本のエースとしての貫禄も十分だ。しかし長野オリンピックから8年が経ち、3度目となる今回のオリンピック出場まで、いくつかの葛藤もあったという。

photo
長野オリンピック冬季大会より (写真提供:アフロスポーツ)

「最初のオリンピックは出られるだけで満足でした。モーグルで世界一になろうなんて思ってもいませんでしたから。大会も楽しめ、おまけに決勝にも残れたので、“2本滑ることができてラッキー”と思っていたぐらいでした。
でもソルトレークシティーは大失敗だったと思います(6位)。
オリンピックで頑張りたい、自分は負けず嫌いで自分が弱いところを認めたくない、弱いなんて言ってはいけないと思っていたんですね。
自分が思い浮かべるアスリートというものは、すごい精神力の持ち主で、自分もそうあらねばいけないと思っていました。自分の弱いところを認められなかったおかげで、プレッシャーに負けそうになって・・・・・・。甘えることを自分自身に許すことができなかったのです」

photo
ソルトレークシティーオリンピック冬季大会より
(写真提供:アフロスポーツ)

ソルトレークシティー後、何度も悩みながら上村選手はひとつの結論に達した
「20〜21歳って背伸びをするけど、全然経験がなくて、子供のまま大人になる感じ。頑張らなきゃ、大人にならなきゃと思うけど、なかなか思うようには成長しませんね。26歳になった今は、“こんな弱い自分もいるんだ”と、自分を認めてあげることができるようになりました」

上村選手には精神的に支えになってくれる強い味方がいる。それは上村選手のお母さんだ。
「お母さんにはいろいろと愚痴を聞いてもらっています。お母さんは私の話を全部わかった上で“頑張りなさい”と言ってくれるんです。一番のサポーターはお母さんかな?」
と上村選手は照れるように笑った。


アスリートメッセージ一覧へ




ページトップへ