コラム/インタビュー

アスリートメッセージ

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2004年8月に開催された第28回オリンピック競技大会(2004/アテネ)ではシンクロナイズドスイミングのチームメンバーの1人として出場し、銀メダルを獲得した鈴木絵美子選手。テクニカルルーティーンで見せた大技「人間風車8連発」は、いまだ記憶から消えることはない。

オリンピックでのシンクロナイズドスイミング(以下シンクロ)は1984年のロサンゼルス大会で正式種目となり、1992年のバルセロナ大会まではソロとデュエットが行われた。1996年のアトランタ大会ではソロとデュエットが廃止され、チームのみを実施。そして再び2000年のシドニー大会ではデュエットが復活した。日本はロサンゼルス大会以来、どの種目でも一度もメダルを途切らせたことがない日本のお家芸のひとつ。あらかじめ決められた技をとりいれるテクニカルルーティーンと自由演技のフリールーティーンで採点される。

世界の舞台で日本は和をテーマにプログラムを構成してきた。アトランタ大会でのチームの演技は笛の音にあわせて、立ち泳ぎしながらみこしのようにリフトする『みこしリフト』を見事成功させ、銅メダルを獲得。シドニー大会では銀メダルという結果ながら、フリールーティーン『火の鳥』では芸術点で5人の審判のうち4人が10点満点をつける快挙を成し遂げた。アテネ大会でもチームは武士道をテーマに銀メダルを獲得した。

アテネ大会後、鈴木選手は原田早穂選手とデュエットを組み、立花美哉選手・武田美保選手組から日本のエースを引き継いだ。今年4月に行われた第81回日本選手権水泳競技大会シンクロ競技ではデュエット、ソロともに優勝を飾り、7月にカナダで行われる世界選手権ではデュエットとソロで出場する。

「いままではすばらしい先輩についていく立場でしたが、立花選手・武田選手組が引退し、突然私が日本代表チームを引き継ぐことになって…。不安もありましたし、心技体ともともなわないまま、優勝してしまい、私なんかでいいのかなと思いました」
とゆっくり言葉を選ぶようにして鈴木選手は語った。

日本選手権で鈴木選手はソロでは三味線、和太鼓の音にあわせダイナミックに、デュエットでは原田選手とぴったり足技をあわせ、モンティの『チャルダッシュ』を躍動感たっぷりに演じきり、エースの貫禄を見せつけた。

鈴木選手はもともと競泳をならっていたが、小学校3年生のときにシンクロに転向。
「泳ぐことが好きだったんです。中学校3年生のとき、“高校生になるし、区切りもいいから”と一度はやめようと思ったんです」
しかし日本水泳連盟の金子正子シンクロ委員長が彼女の素質にほれ込み、声をかけた。
金子委員長は当時をこう振り返る。
「ジュニアオリンピックで泳いでいる彼女を見たとき、この子は絶対うまくなると思ったんです。そこで当時、彼女の指導にあたっていたコーチに“彼女は一流になれる素質を持っているから、“東京シンクロに移籍させてみない?”と話してみたんです。でもそのときの答えは“本人もそんなに真剣にやっているわけではないので”というものでした。しかし何度も見ているうちにやはり早く引き取って、オリンピック選手に育てたいと思い、再度声をかけたところ、コーチも本人も“そこまで言ってもらえるなら”と東京シンクロへ移ってきたのです」

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